阿蘇神社  東京都羽村市

御祭神 健磐竜命 阿蘇都媛命 速瓶玉命 国竜神 比咩御子神 彦御子神
    若比咩神 新彦神 新比咩神 若彦神 弥比咩神 金凝神 (阿蘇十二神)


旧称は阿蘇大明神、長淵郷総社竜水山阿蘇宮、または阿蘇宮と称した。


創建は推古天皇九年(601)5月と伝えれれ、領主武門の崇敬が厚く、承平三年に平将門が社殿を造営した。以後、藤原秀郷、三田掃部助定重もまた社殿を造営した。


小田原の北条氏は永二十貫文の神領を寄せ、徳川家康は、二丁四方の馬場を寄進、神馬を放ったという。さらに家光公は十三石の朱印地を寄せ、代々家例とした。


慶応四年朱印状を奉還、神領を上知した。明治政府より逓減録金五十円を下賜。


明治二年阿蘇神社と改称。当社は「和漢三才図絵」「国花萬葉記」「武蔵国全図」等の名所案内記に「阿蘇明神在羽村社領二十四石」とみえ、当地方の古社である。



2018/01/07 阿蘇神社  東京都羽村市

御霊神社 八王子市館町

ご祭神 鎌倉権五郎景政公


御霊神社の創建は詳らかではありませんが、天正時代に八王子城主北条氏照の家臣近藤出羽守助実がこの地に「御霊大明神」としてお祀りされたと伝えられます。


御祭神の鎌倉権五郎景政公は醍醐天皇の御子孫にあたる貴族武士であります。


「後三年の役」の際に、源義家に従って奥州に出陣し、その折にこの地に立ち寄ったとされています。
その際、流れ矢が右目に当たるも怯むことなく、敵を追い詰め切り散らしたという武勇が伝えられてます。


また、文武に秀でた剛勇比類なき武士であったちころから、当神社は眼病平癒・必勝招来・学業成就・除災招福の御神徳があるとされております。


なお、鎌倉権五郎景政公や近藤出羽守助実の館(やかた)があったことから、このあたりは「館町」(たてまち)と呼ばれるようになったという言い伝えが残されています。



2018/01/01 八王子 館町 御霊神社


あきる野市 二宮神社

ご祭神 国常立尊(くにとこたちのみこと


二宮神社は明治の初めまでは、小河大明神または二宮大明神とも称されていた。
小河大明神とは、その鎮座地が「和名抄」に記載の武蔵国多摩郡小河郷の地区内にあったためで、二宮大明神とは「神道集」や「私案抄」などに見られれる武蔵総社六所宮(府中大國魂神社)の諸祭神座の第二席にあたるためである。
六所宮とは
      一宮 小野大神
      二宮 小河大神
      三宮 氷川大神
      四宮 秩父大神
      五宮 金佐奈大神
      六宮 杉山神社


社殿によれば、平安時代、藤原秀郷は自分の生国近江国山王二十一社中の二宮を特に崇敬しており天慶の乱に際して、平将門討伐のため関東出陣のおり当社に戦勝祈願をし、乱平定後、報賽のため社殿玉垣を造営し、社領百町を寄進したという。


さらに鎌倉時代の建久元年、源頼朝より社領千石の寄進があり、戦国時代の天正元年には、北条氏政は社領五百石を寄進し、同年、弟の氏照は当社を祈願所と定め崇敬をよせていたと伝えられる。


天正19年徳川家康が代々十五石の御朱印地と認めて以来それは幕末まで続いた。


明治3年社号を二宮神社と改称した。



2018/01/06 二宮神社 あきる野市



二宮神社のお池



2018/01/06 二宮神社のお池 あきる野市